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東京地方裁判所 昭和49年(刑わ)4867号 判決 1976年3月26日

主文

一  被告人木科弘二を懲役一年に処する。

同被告人に対し、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、別紙記載の証人らに支給した分の五分の一を同被告人の負担とする。

二  被告人大前敏行を懲役一〇月に処する。

同被告人に対し、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、別紙記載の証人らに支給した分の五分の一を同被告人の負担とする。

三  被告人野口乾造を懲役一〇月に処する。

同被告人に対し、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、別紙記載の証人らに支給した分の五分の一を同被告人の負担とする。

四  被告人矢野芳徳を懲役一〇月に処する。

同被告人に対し、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人石井啓二に支給した分全部および別紙記載の証人らに支給した分の五分の一を同被告人の負担とする。

五  被告人久保真一を懲役一〇月に処する。

同被告人に対し、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、別紙記載の証人らに支給した分の五分の一を同被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人らは、昭和四九年一一月一八日に予定されていたアメリカ合衆国フオード大統領の来日訪韓に反対する目的をもつて行なわれた一一・一八フオード来日訪韓阻止全国実行委員会主催の集会、集団示威運動に参加した者であるが、

第一、被告人木科弘二は、

(一)  多数の学生・労働者らが、同日午後三時二六分ごろから同三時二七分ころまでの間、東京都大田区東六郷三丁目二六番一五号京浜急行六郷社員アパート前多摩川河川敷内のサイクリング道路上において、阻止体形を整えて警備中の警察官らに対し共同して危害を加える目的をもつて、多数の旗竿を所持して集合した際、旗竿一本を所持して右集団に加わり、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合し

(二)  多数の学生・労働者らと共謀のうえ、同日午後三時二七分ころ、前同所において、学生・労働者らの違法行為を制止、検挙する任務に従事中の警視庁第三方面機動隊長土橋栄一指揮下の警察官らに対し、旗竿で突く、殴るなどの暴行を加え、もつて右警察官らの職務の執行を妨害し

第二、被告人大前敏行は、

(一)  多数の学生・労働者らが、同日午後三時二六分ごろから同三時三〇分ころまでの間、前同所において、前同様警備中の警察官らに対し共同して危害を加える目的をもつて、多数の旗竿を所持して集合した際、旗竿一本を所持して右集団に加わり、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合し

(二)  多数の学生・労働者らと共謀のうえ、同日午後三時二七分ころと同日午後三時三〇分ころの二回にわたり、前同所において、学生・労働者らの違法行為を制止、検挙する任務に従事中の警視庁第三方面機動隊長土橋栄一指揮下の警察官らに対し、旗竿で突く、殴るなどの暴行を加え、もつて右警察官らの職務の執行を妨害し

第三、被告人野口乾造は、

(一)  多数の学生・労働者らが、同日午後三時二六分ごろから同三時三〇分ころまでの間、前同所において、前同様警備中の警察官らに対し共同して危害を加える目的をもつて、多数の旗竿を所持して集合した際、旗竿一本を所持して右集団に加わり、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合し

(二)  多数の学生・労働者らと共謀のうえ、同日午後三時二七分ころと同日午後三時三〇分ころの二回にわたり、前同所において、学生・労働者らの違法行為を制止、検挙する任務に従事中の警視庁第三方面機動隊長土橋栄一指揮下の警察官らに対し、旗竿で突く、殴るなどの暴行を加え、もつて右警察官らの職務の執行を妨害し

第四、被告人矢野芳徳は、

(一)  多数の学生・労働者らが、同日午後三時二六分ごろから同三時三〇分ころまでの間、前同所において、前同様警備中の警察官らに対し共同して危害を加える目的をもつて、多数の旗竿を所持して集合した際、旗竿一本を所持して右集団に加わり、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合し

(二)  多数の学生・労働者らと共謀のうえ、同日午後三時二七分ころと同日午後三時三〇分ころの二回にわたり、前同所において、学生・労働者らの違法行為を制止、検挙する任務に従事中の警視庁第三方面機動隊長土橋栄一指揮下の警察官らに対し、旗竿で突く、殴るなどの暴行を加え、もつて右警察官らの職務の執行を妨害し

第五、被告人久保真一は、

(一)  多数の学生・労働者らが、同日午後三時二六分ごろから同三時三〇分ころまでの間、前同所において、前同様警備中の警察官らに対し共同して危害を加える目的をもつて、多数の旗竿を所持して集合した際、旗竿一本を所持して右集団に加わり、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合し

(二)  多数の学生・労働者らと共謀のうえ、同日午後三時二七分ころと同日午後三時三〇分ころの二回にわたり、前同所において、学生・労働者らの違法行為を制止、検挙する任務に従事中の警視庁第三方面機動隊長土橋栄一指揮下の警察官らに対し、旗竿で突く、殴るなどの暴行を加え、もつて右警察官らの職務の執行を妨害し

たものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)<略>

(弁護人らの主張に対する判断)

第一被告人矢野芳徳に対する無罪の主張について<略>

第二正当防衛の主張について

一弁護人らの主張の要旨

弁護人らは、被告人らの本件行為は、機動隊の挑発的ないし違法な警備による急迫不正の侵害に対し、表現の自由としての集会、集団示威運動をする権利を防衛するため、やむをえず行つたもので、正当防衛として無罪である旨主張する。

そして、右警備の違法性の主張は、多岐にわたるが要約すると次のとおりである。

(一) 事件当日の警備全般の違法性

事件当日の警備は、多数の警察官を動員し、(1)言論の弾圧の意図のもとに事前に強制的に規制を加えた許可記載事項の遵守を強要し、(2)違法不当な検問押収を行い、(3)デモ参加者に対し、暴行を加えたもので、表現の自由を実質的に制限する違法な過剰警備である。

(二) 機動隊の阻止体形による本件サイクリング道路への進出行為の違法性

かりに事件当日の警備が全体として違法であるとはいえないとしても、当日午後三時二五分ころ、デモ隊の本件サイクリング道路上での適法なデモ行進中に、機動隊が、阻止体形を組んで右道路上に進出した行為は、左記の理由により法的根拠のない違法な挑発行為で、被告人らの本件行為を誘発した直接的原因というべきである。

すなわち、機動隊の右阻止線は、まず本件デモ行進の許可記載事項のうち、デモ出発時刻午後四時の制限を前提としたうえ、デモ隊の本件サイクリング道路上でのデモ行進をもつて右制限時刻前のデモ出発ととらえ、東京都「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」(以下都条例という)二条の規定による記載事項に違反する集団示威運動が行われたと認めて、とられた同条例四条所定の是正措置として法的根拠を与えられているというのが検察官の主張であるところ、デモ隊の本件サイクリング道路上でのデモ行進はなんら同条例に違反するものではない。その理由は以下のとおりである。

(1) デモ出発時刻午後四時の制限は憲法違反で無効である。

本件デモ出発時刻の午後四時の制限は、本来許可不許可の権限を有せず、また右権限の委任を受けることも許されない筈の警視庁によつて、強要されたもので、右制限は、実質的な表現の自由の事前規制に外ならず、憲法に違反し、無効である。

(2) デモ出発時刻午後四時の制限は、三〇分程度の時間的幅を許す趣旨に解釈されるべきである。

かりに、本件デモ出発時刻の制限が有効であるとしても、右制限は文字通りに解釈されるべきではなく、公安条例の一般的運用の状況並びに本件許可申請前の警視庁との打ち合わせ時の状況にてらし、三〇分程度の時間的幅を許す趣旨に柔軟に解釈されるべきである。

(3) 本件サイクリング道路上でのデモ行進は、集会場内でのデモ行進であつて、まだ集会場からデモ行進に出発したとはいえない。

かりに、デモ出発時刻午後四時の制限が文字通りに解釈されるとしても、本件サイクリング道路は、集会場所として許可された南六郷緑地の範囲に包含されるので、本件サイクリング道路上でのデモ行進は、集会場内デモであるに留まり、未だ、右時点でデモ行進に出発したとはいえない。

(4) 本件サイクリング道路上でのデモ行進は公安条例の規制対象たる集団示威運動の域に達しない。

かりに、本件サイクリング道路が集会場所の範囲外であるとしても、右道路は、集会場所から一般道路へ進出する極く短距離の通路で、本件サイクリング道路上でのデモ行進は、事件当時、なんら交通秩序その他公共の秩序に具体的危険を招来せしめなかつたので、都条例の規制対象とならない。

よつて弁護人らの右主張に対し、以下順次検討を加えることとする。

二事件当日の警備全般の違法性の主張について、

(一) 事前規制の違法性

<証拠>によれば、被告人木科が当初計画した当日のデモ行進は、集会場所を川崎市殿町公園とし、デモコースが川崎市と東京都にまたがるものであつたこと、警察官佐々木勲は、当時警視庁警備第一課警備連絡係の職にあつて、都条例の許可関係の相談業務として、デモ行進相互の調整活動を行つていたものであるが、被告人木科の右計画に対し、集会場所、デモコースをすべて東京都内に集中する計画の変更を示唆し、集会場所、デモコース、時間等につき助言を与えたこと、被告人木科は右助言を受けいれて、集会場所を東京都内の南六郷緑地とし、デモコースを東京都内のみとし、出発時刻を午後四時とするデモ行進の許可申請をし、その旨許可を受けたことが認められる。しかしながら、本件全証拠によつても、右計画変更を示唆した佐々木警察官の言動に強制的ないし弾圧的色彩は窺われないばかりか、同警察官は、当時大田区内の集会場はほとんど他の団体により予約済みであつた状況の下で、被告人木科に対し、本件南六郷緑地の使用の便宜をはかつていることも、右証拠上認められるのであつて、同警察官の前記計画変更の示唆等の措置は、デモ行進相互間の調整等の合理的な目的でなされた任意の手続として是認することができ、表現の自由を実質的に弾圧する違法な事前規制であるとは到底考えられない。なお、右許可記載事項のうちデモ出発時刻の制限の点は、後に個別的に述べる。

(二) 検問の違法性

証人奈須田吉則の当公判廷における供述によれば、当日の機動隊による所持品検査を伴う検問に特に違法と目すべき点は見当らない。証人渡辺智子および被告人木科の当公判廷における各供述中には、機動隊が蒲田署東六郷派出所前付近で集会参加者に対し強制力を行使するなど違法な検問、押収があつた旨の供述部分があるけれども、右証人奈須田吉則の供述によると、機動隊が集会場に向おうとしている集会参加者に対し、右派出所付近でこれを阻止しようとしてもみ合いになつたことは明らかであるが、その経緯は当日正午まえころから集会参加者約六〇ないし七〇名が、右派出所傍の歩道橋を渡つて集会場に向おうとした際、隊列を組み、旗を立て、デモ行進の外観を呈する行動をとつていたこと、機動隊はこれを無許可のデモ行進と判断して、都条例四条にもとづく是正措置をとり、右集会参加者と、通す通さないでもみ合う状態となつたものであることが認められ、機動隊の右措置は右具体的状況の下で十分是認できると考える。

(三) 警察官による暴行

弁護人らが、警察官の暴行と主張する行為のうち、まず検問に際してのものは、前記のとおり、都条例四条にもとづき適法であり、次に本件事件発生当時のサイクリング道路上におけるものは、後に検討することとして、ここでは判断せず、最後に本件事件発生後の街頭デモ行進に際してのものは、時間的関係にてらし、被告人らの本件行為を誘発する挑発行為であるとはいえないから、弁護人らの正当防衛の主張とは関連性がなく、特に判断の必要がないと考える。

(四) 以上のとおり、事件当日の警備全般につき弁護人ら主張の違法の点を認めえないものであるところ、事件当日の警備が多数の警察官を動員してなされた大規模なものであることは、弁護人ら提出の各新聞記事から明らかではあるが、右警備は、フオード米大統領の来日訪韓をめぐる緊張した国内政治情勢の下においては、同大統領の身辺の警戒等に必要な合理的範囲にとどまるものとして是認することができ、表現の自由を実質的に制限することを目的とした弾圧的な過剰警備であるとは認められない。

三機動隊の阻止体形による本件サイクリング道路への進出行為の違法性の主張について。

(一) 右違法性の主張についての判断の基礎となる事実関係。

前掲証拠の標目記載の各証拠によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告人らは、昭和四九年一一月一八日のフオード米大統領来日訪韓に抗議する目的で一一・一八来日訪韓阻止全国実行委員会(代表者被告人木科弘二)主催の集会、集団示威運動に参加したものであるが、右集会、集団示威運動については、被告人木科による警視庁との事前の打ち合わせを経た許可申請にもとずき、同月一六日付で東京都公安委員会から(イ)開会時刻昭和四九年一一月一八日午後一時(ロ)集団示威運動出発時刻同日午後四時(ハ)集会場所南六郷緑地(ニ)行進順路、会場―長谷川歯車工業カド右―羽田本町派出所前―南大田発電所前―京浜工事事務所用地内等の記載事項を内容とする許可を受けていた。

(2) 右集会場所として指定された「南六郷緑地」(以下本件緑地という)は、多摩川の北側河川敷内の東京都大田区南六郷三丁目二六番に所在し、多摩川南六郷緑地と呼称されており本件当時の管理の状況は、東京都が関東地方建設局から公園敷地として借り受けていたもので一般には野球場などとして使用されていたものである。本件緑地の北側には、高さ約六メートルの土手が東西に走つており、その頂上部分は、幅員約2.5メートルのアスフアルト舗装されたサイクリング道路となつており、右サイクリング道路は、京浜急行自動車車庫前付近において、車止めの鉄柵によつて西方からの自動車の進入を阻むとともに、南東方向に方向を変えて土手を降り、土手下で再び西方に方向を変えて多摩川沿いに伸びているもので、全体として土手の斜面を中心にしてS字状に連つている。右土手の更に北側(右土手をはさんで多摩川の反対側)には幅員約5.5メートルの一般道路が東西に走つており、更にその北側には、通称南六郷バス通りと称する道路がこれに並行して走つている。右サイクリング道路のうち土手上と土手下とを結ぶ全長約一一〇メートル、幅員約2.4メートルの土手の斜面上の坂道部分(以下本件坂道という)において機動隊と被告人ら集団との衝突が起つたものである。

(3) 当日本件緑地において、約一八〇名が集会を行い、午後三時二〇分ころ、集会を終わり、約四個のグループに分れて会場内でデモ行進を行つていたが、午後三時二五分ころ、そのうちの一グループで被告人らを含む約六〇名の集団が、旗竿を持つた約二〇名を先頭に、残り約四〇名がスクラムを組んだ状態で、街頭デモに出発すべく、本件坂道に進出して来た。

右状況に対応して、当時警備にあたつていた警視庁第三方面機動隊土橋大隊所属の大野三善中隊長の指揮する第二中隊のうちの一個小隊約二〇余名(以下大野部隊という)は、デモ出発時刻を厳守させるため、本件坂道の中間付近にまで前進して、部隊最前列に大盾を並べて道路の幅員一ぱいに広がる前後三列の隊列を組んで阻止線を張つた。

被告人ら集団は、なお前進して、判示認定のとおり、午後三時二七分ころ、右阻止線を形成した大野部隊に衝突し、その際、被告人木科が逮捕され、更に午後三時三〇分ころ、約二〇メートル更に土手下に向つて前進して本件坂道上に前同様阻止線を張つた大野部隊に対し、被告人木科を除く被告人ら集団は、判示認定のとおり、衝突し、その際、残りの被告人ら四名も逮捕されたものである。

(二) デモ出発時刻午後四時の制限が憲法違反で無効であるとの主張並びに右制限が三〇分程度の時間的幅を許す趣旨であるとの主張について。

被告人木科が、本件集会、集団示威運動の許可申請に先立ち、警視庁から集会場所、デモコース、時間等について助言を受けた全般的状況については、前記認定のとおり、デモ行進相互間の調整等の合理的目的でなされた任意の手続として是認でき、このことは、出発時刻午後四時の記載事項についても特に異る判断を要求する証拠は見当らない。被告人木科は、当公判廷において、この点につき、他の四ないし五団体の競合するデモ行進との関係で調整を受け、夕方ごろの出発の線で譲歩して午後四時出発に落着したことを供述しており、被告人木科としては、多少の不満は残つたとしても、結局デモ行進相互間の調整の見地から納得して右助言を受け入れたことが認められるのであつて、警視庁がことさらに被告人木科の意思を無視して右出発時刻を強要した趣旨とは解されない。そして、警視庁の右の措置は、本来、強制的性格をもたない相談業務であるうえ、デモ行進相互間の交通整理的機能として、申請者にとつても、実質的に利益に働らく側面も有するのであつて、適法な行為として是認でき、これをとらえて、実質的な表現の自由の弾圧であるというのはあたらず、右出発時刻に関する記載事項が無効であるとはいえない。

次に、右デモ出発時刻午後四時の制限が、三〇分程度の時間的幅を許す趣旨であるとの主張について考えるのに、まず都条例の一般的運用の状況については、前掲各証拠並びに証人吉川勇一の当公判廷における供述をあわせ考えても、警備当局が、過去にデモ行進の出発につき記載事項に反して三〇分程度の差を当然に黙認していたという事実は認められず、逆に記載事項どおりにデモ行進に出発させることが公共の秩序のために明らかにさし迫つた危険があると認められる緊急の場合を除いて極力記載事項どおりにデモ行進に出発させるべく努力して来た事実が認められる。

また、本件許可申請前の被告人木科と警視庁との打ち合わせ時の具体的状況としても、警視庁において三〇分程度の幅を許す旨の了解があつたことを窺わせる証拠は、被告人木科の当公判廷における供述以外には見当らない。被告人木科の右供述によると、被告人木科は、デモ出発時刻午後四時の記載事項を承諾したのちも、佐々木警察官に対し午後三時三〇分出発の希望を表明し、同警察官は勝手である旨述べたというのであるけれども、証人佐々木勲は、当公判廷において、そのように述べた記憶はない旨、かつ、出発時刻の点について深刻な意見の対立はなかつた旨供述し、また客観的に判断しても、出発時刻というデモ行進相互間の調整の見地から重要な記載事項に関し、被告人木科の述べるような趣旨での無責任な発言を佐々木警察官がするとは考えられないのであつて、被告人木科の右供述部分は信用できない。

いずれにしても、デモ出発時刻午後四時との許可記載事項は文字どおりの趣旨として有効であると解され、この点の弁護人らの主張は採用できない。

(三) 被告人ら集団の本件坂道でのデモ行進は集会場内でのデモ行進にすぎないとの主張について。

本件集会場所として許可された本件緑地の範囲について考えるのに、<証拠>を総合すれば、本件緑地の北側土手寄りの境界線は、塀、柵、縁石その他の工作物によつて外観上明確に表示されているわけではなく、一見して土手に至るまで連続的な平面であること、しかしながら、管理上は、多摩川河川敷内の北側土手寄りに立てである「東京都占用地境界」と記した各境界杭はほぼ直線で結んだ線(ただし本件坂道が土手下で西方にカーブする曲り角付近で、右直線をこえて南側に喰込む部分では、その道路南側の外周線)が、本件緑地の北側の境界線として定められていること、従つて本件サイクリング道路(本件坂道を含む全体)は本件緑地の管理上の範囲内に含まれないことが認められる。

他方、本件サイクリング道路(本件坂道を含む全体)の法的性格について考えるのに、大田区土木部管理課長作成の捜査関係事項照会回答書によれば、右サイクリング道路は、大田区が地方自治法にもとづいて設置したもので、道路法上は市道の性格を持つ自転車専用道路であり、本件当時は大田区が管理していたものであることが認められ、本件緑地とは別個の管理系統下にあつたことが明らかである。

そして、本件許可記載事項として指定された集会場所が前記認定のとおり単に「南六郷緑地」にある以上、右南六郷緑地の範囲は、管理上の範囲と一致するものと解すべきことに疑問の余地はない。

そうすると、被告人ら集団の本件坂道でのデモ行進は、集会活動の一環としての場内デモであるとはいえず、会場外でのデモというほかないから、被告人ら集団は、出発時刻午後四時の記載事項に違反し、午後三時二五分ころ、会場内から会場外でのデモ行進に出発したものと認めざるをえない。

(四) 被告人ら集団の本件坂道でのデモ行進は、都条例の規制対象たる集団示威運動の域に達しないとの主張について。

弁護人らの右主張は、必ずしも明らかではないが、被告人ら集団の本件許可記載事項違反のデモ行進は、公共の秩序に及ぼす危険が皆無で、都条例違反として問題とすべき可罰的違法性がない旨の主張と解される。

しかしながら、本件において、被告人らの許可記載事項違反のデモ行進が問題とされているのは、刑事的処罰の対象としてではなく、都条例四条の制止行為の対象としてであるところ、右制止行為の対象としては、被告人らの右行為が本件許可記載事項に違反するデモ行進であるということ自体で十分であり、それ以上に右行為の可罰的違法性の有無を検討する必要はないものといわなければならない。

(五) 以上のとおり、被告人ら集団の本件坂道でのデモ行進は、結局都条例二条所定の記載事項の違反行為と評価せざるをえないから、右違反行為を制止すべく、本件坂道上に進出して阻止線を張つた大野部隊の措置は、都条例四条により是認され、更に、右阻止線を強行突破しようとする被告人ら集団に対し、兇器準備集合、公務執行妨害の容疑で現行犯逮捕した大野部隊の措置もまた適法な職務執行行為として是認することができる。

なお、機動隊が、被告人ら集団を逮捕する際、逮捕に名をかりてこれに暴行を加えた旨の弁護人らの主張については、右のような違法な暴行のあつたことを窺わせるに足る証拠は見当らず、これを認めることができない。

四結局、弁護人らの正当防衛の主張については、機動隊による挑発的ないし違法な警備のあつたことが認められず、急迫不正の侵害の要件がみたされないので、その余の点について判断をするまでもなく、採用することができない。

第三誤想防衛の主張について。

一弁護人の主張の要旨

弁護人らは、かりに、本件坂道が本件緑地の範囲外であつたとしても、被告人らは、当時、本件坂道が、本件緑地の範囲内にあるという事実認識のもとにデモ行進を行つていたため、大野部隊の阻止行動を、急迫不正の侵害と誤認して、右侵害に対し、デモ行進をする権利を防衛する意図のもとに、やむをえず本件行為に及んだものであるから、誤想防衛として無罪である旨主張する。

二急迫不正の侵害の事実認識について。

被告人木科の当公判廷における供述によれば、被告人木科は、

(1) 事前に警視庁で本件緑地についての説明を受けた際、特にその範囲につき注意を受けなかつたこと(本件緑地の西側に位置する野球場は使用できない旨の注意があつたのみで右野球場と本件緑地との区別は、被告人木科にも一見して理解できた)、

(2) 自動車は、土手上の道路のうち、前記京浜急行自動車車庫前付近の車止めの鉄柵より東側には進入できなかつたこと、(3)、機動隊は、本件坂道よりも、一つ西方寄りの土手の坂道で集会参加者に対し検問をしていたこと、(4)、許可記載事項として指定されたデモコースは、出口の指定としては長谷川歯車工業カド右とあるだけで、サイクリング道路とは指定してなかつたこと(右長谷川歯車工業は、土手の北側にある一般道路の北側沿いにある)、(5)、本件緑地の北側の境界を示す標識杭には事件当時気づかなかつたこと等の事実を根拠として、事件当時、本件坂道は集会場所として指定された本件緑地の範囲内に含まれるものと信じたというのである。そして右判断の根拠とする(1)ないし(4)の事実は全て前掲証拠上認められる事実であるし、また、前記認定の本件緑地の北側の境界についての外観上の状況を併せ考えると、被告人木科の右供述部分は十分信用できる。従つて、被告人木科が、本件坂道でのデモ行進を集会場内デモと認識し、本件坂道に進出して阻止線を張つた大野部隊の措置をその妨害と信じた旨の被告人木科の当公判廷における供述部分もまた信用できる。

被告人木科以外の被告人らは、右の点についての事実認識がいかなるものであつたか当公判廷において明示的には述べないけれども、被告人木科の事実認識の根拠となつた前記事実関係は、被告人ら全員に共通するので、他の被告人らもまた、被告人木科と同様の事実認識を有していたものと推認できる。

結局、被告人らは、いずれも、急迫不正の侵害がないのに、これがあると誤信したものということができる。

三防衛すべき法益について。

被告人らが防衛すべき権利として考えたもののうち、少くとも一般車道での街頭デモをすることはデモ出発時刻午後四時の制限がある以上許されず、被告人らの前記の事実認識のいかんによつて影響を受けず、誤想防衛として保護を受けるべき権利とは認められない。

しかしながら、被告人らの本件坂道でのデモ行進は、被告人らが、本件坂道を本件緑地の一部と誤信していた事実を前提として考える限り、当時許可されていた本件緑地内での集会活動の一環として、被告人らの表現の自由として保護さるべき権利に属するものであるから、この限度で誤想防衛として防衛すべき法益の存在を認めることができる。

四防衛行為について。

本件坂道は、前記認定のとおり距離にして約一一〇メートルあるが、土手の斜面に位置し、被告人ら集団の集会場所としては極めて不適当であるし、また背後に集会場所として十分な本件緑地が確保されている以上、あえて本件坂道でデモ行進をしなければならない必要性も少く、防衛すべき保護法益は極めて軽微であるというべきである。

他方、被告人らが防衛行為と主張する本件犯行は、前記認定のとおり、約六〇名の集団が共謀のうえ、先頭の約二〇名のものが各自約二メートルの長さの旗竿を兇器として近距離から態勢を整えて積極的に大野部隊に突く、殴る等の暴行を加えたものであつて、相手方の権利侵害の程度に比較して必要かつ相当の限度を超えた、明らかに防衛の程度を超えたものというべきである。

従つて、本件は、弁護人主張のように誤想防衛として犯罪の成立が否定されるものではないけれども、誤想過剰防衛として刑の任意的減軽又は免除をなしうる事案である。しかしながら前記のように、本件犯行が防衛の程度を著しく逸脱していることにてらし、特に刑を減軽又は免除するまでもないと考える。

第四超法規的違法阻却事由の主張について。

次に、弁護人らは、フオード米大統領の来日、訪韓に反対する被告人らの運動は、国民の利益に奉仕するものであつて、機動隊の違法な阻止線が排除されることによる法益の侵害と被告人らがデモ行進を中止させられることによる法益の侵害とは後者の方がはるかにまさつているから本件行為は全体行為は全体の法秩序をみだすものではなく実質的な違法性がない旨主張する。しかし、本件においては、フオード米大統領の訪日に政治的立場から反対することは、それが社会的にみて相当な手段であるかぎり何ら違法なものでないことは言をまたないが、午後四時と定められていた許可記載事項に違反してデモ行進に出発しながら、機動隊の阻止行動に遭遇するや、所持していた旗竿を兇器として利用し、突く、殴るなどの過激な行動によつて違法なデモ行進を貫徹しようとしたものであつて、現行法秩序として到底是認することのできないものであると言わざるを得ない。

以上、いずれの観点から考えても弁護人らの主張は、これを採用することができないものである。

なお、被告人らも自己の行為の正当性について種々主張するが、その主張を法的に構成すれば、右弁護人らの主張の中に含まれていると考えられるので重ねて判断は示さない。

よつて主文のとおり判決する。

(船田三雄 稲田輝明 正木勝彦)

別紙<略>

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